神の憂鬱
薄暗い部屋に、ブラウン管のテレビジョンが並べられている。否、埋め尽くされている。その部屋は閉ざされていたが、テレビジョンからは世界の全てを見ることができた。故に、その部屋は閉じているとはいえなかった。閉じていながらにして、開いていた。
――〈神の座〉。
十年前の災害〈大崩落〉以降、常識が変容してしまった"この街"――〈"ロスト・エルサレム"〉の全貌を見渡せるのは、今やテレビジョンで埋め尽くされたこの部屋以外にない。"この街"のことを、誰がいつ〈"
テレビジョンに映し出される、"この街"の風景――"この街"で今までに起こった出来事や、これから起こるであろう出来事、なにもかも――を、頬杖をつきつつ眺めている人物が一人。
黒いゴシックな衣装、帽子。胸元の大きな赤いリボンが差し色のように際立っていた。男なのか女なのかはわからない。見ようと思えば男にも見えるし、見ようと思えば女にも見える。それは、中性的という曖昧な意味では決してなく、性別という概念を超越してしまった存在であるかのようだった。そして、衣装以上に目を引くのが、その青い短髪と体中を覆う包帯だった。前者については染めている風ではないし、後者については怪我をしている風でもなかった。
――つまり、その人物はなりからして異質だったのだ。
「
退屈そうに、その異端者は言う。
"この街"は、いわば
毎日せかせかと動くだけの
そう、そんな存在を、人間は〈
「
突然、ぽつり、と〈神〉は呟いた。
そして、まるで癇癪を起したように、がりがりがり、と頭を掻きむしる。
「
まるで発狂したような仕草だったが、その異端者が狂人でないという保証は誰にもできなかった。おそらく、〈神〉自身にもできまい。〈神〉と狂人は紙一重。信仰者のいない〈神〉が狂人と呼ばれるのだから。
「"この街"には
テレビジョンの画面がザザッと乱れる。まるで、〈神〉の不機嫌を察するように。だが、流れているのは同じ風景。ただただ、同じ風景。永遠に、永遠に、永遠に。終わりなく、はじまりすらもない日常。
その通り。
箱庭には――〈"ロスト・エルサレム"〉にはひとつ、決定的な駒が足りない。"この街"で繰り広げられる馬鹿騒ぎを、最後まで見届ける存在が。そして、その駒はトリックスターでなくてはならない。全知全能である〈神〉にとって、全てが予定通りではつまらないからだ。つまらなさ過ぎて死んでしまう。数式における乱数のように、予定調和を捻じ曲げ、最後に刃大番狂わせを引き起こすであろうそんな存在が、"この街"には必要だった。
だから、〈神〉はそんな存在を創り上げることにした。
――〈神〉が選んだのは、"この街"に辿り着いたばかりで、まだ右も左も分からない〈