かつて、我々の祖先は違う星からの移民船でこの惑星にやってきた。
それが、現在分かっているこの惑星の人類史の始点だ。
この惑星で唯一開拓されている七都市大陸には、その名の通り七つの都市があった。
第一都市・極光皇国、第二都市・ラズエリウス電脳社、第三都市・聖都市ユスティエリエ、第四都市・エデュシ=エル自然主義国家、第五都市・マグルタ活火山連合、第六都市・世界真理結社、第七都市・影の国ダウンタウン。
都市の人々の生活を支えるのは、
発達した科学と、遺跡から発掘された文献から広がった魔法のような学問である紋章術式学――刻んだ紋章と武器とを繋ぎ、力を循環させる術式――を駆使しても、大陸の外に行くことは未だ叶っていない。海路は潮の流れが、空路は霧が人の進出を阻んでいるのだ。
そんな七都市大陸に、第八の都市が生まれつつあった。
十数年前、金持ちの好事家が趣味で結成したチームが偶然発掘した
その都市であり都市でない白夜の街は、いつしかニラカナイと呼ばれるようになっていた。
――ステラナジカは、立ち止まってそんな文章を見上げていた。街中に設置された電子映像投影機に映る『ニライカナイ ~まだ見ぬ地を求めて~』という映画の告知映像のテロップだ。ドキュメンタリー風の映像は、すぐに別の娯楽映画の告知に取って代わる。勧善懲悪のヒーローものの最新作だった。ステラナジカの隣にいた子供が、ヒーローが悪を倒すシーンを見て歓声を上げる。
空は灰色の雪雲で覆われていた。この寒さだと、今に雪がちらついてもおかしくはない。ぼったくりのような値段で買った防寒具がなければ、一瞬で凍えてしまいそうだ。
視線を落として、地面にずっしりと積もった雪をステラナジカは親の仇であるかのように睨む。ふと、見つめる先にくまのぬいぐるみが割って入ってきた。少女が落としてしまったそれを、父親であろう男性が拾い上げて、雪をはらって少女に渡してやる。それを見て、母親らしき女性が微笑む。幸せそうな家族の風景だった。父親の片手には、プレゼントの箱らしきものが覗くおもちゃ店のショッパー。
ステラナジカはそれを見て初めて、今日が極光皇国の祭日だということを思い出した。街中が飾り立てられているのも、その所為だ。なんでも、神の子が生まれた日だとか生まれなかった日だとか。他人の誕生日なんて、自分の誕生日もわからないステラナジカからすればどうだっていいことだ。
「ステラ! おまたせ!」
エリウユの声で振り向く。
ネリヤカナヤ急行のチケット販売所から、分厚いコートを着込んだエリウユとハルアキラが戻ってきたところだった。
「めちゃくちゃ混んでいたよ。これだから、年末は……」
「チケット、キャンセルとかあった?」
ステラナジカの問いに、エリウユは黙って首を横に振る。
気だるそうに頭を掻きながら、ハルアキラが補足した。
「極光皇国からニライカナイ行きの急行は、年明け先まで満席じゃそうじゃ。キャンセル待ちのキャンセル待ちのキャンセル待ちで良ければ受け付けると言われたが……」
「そんなに待てないよ!」
ステラナジカは声を荒げる。
七都市大陸の各都市を結んでいるのは、長距離鉄道だけである。
ネリヤカナヤ急行という名称の寝台特急だ。
霧で空路も使えず、潮の流れで海路も使えず、残された移動手段は鉄道のみであった。都市の中では車や自転車などの交通手段はあるが、各都市を移動するなどの場合にそれらは使えない。
そのために、多くの犠牲を払って線路を敷き、各都市が力を合わせて開発したのがネリヤカナヤ急行だった。人種も生活様式も何もかも違う七都市が協力してつくりあげたそれは、いわば努力と歩み寄りの心、そして大陸の平和の結晶なのだ。
かつて、片道三日かけて七都市を繋いでいたネリヤカナヤ急行は、今は七日間かけて八都市を繋いでいる。ニライカナイをよく思わない者たち――特に、極光皇国の貴族たち――は、当初ニライカナイまで路線を伸ばすことはないと反対したらしいが、結局は世論に押し切られる形で着工した。
皮肉なのか何なのか、ネリヤカナヤ急行が七都市とニライカナイを繋ぐ七日間という日数は、極光皇国の皇族が自らのルーツとして語る神がこの世界を作った日数と同じだった。
「困る困る困る! 僕は今すぐニライカナイに帰りたい!」
ステラナジカは癇癪を起した子供のように駄々をこねた。決して、ニライカナイで
エリウユがやれやれと肩を竦める。
「もう、わがままを言わないでくれよ」
「やだ! だってここ、寒いもん!」
「ぼくがぎゅってして温めてあげるから」
そう言って、彼女は躊躇いなくステランナジカを抱きしめた。
子供をあやすような抱擁だったが、彼の心を揺るがすには十分すぎるほどに十分だった。
「……うん、エリウユ、温めて……」
「はははは、また今度ね。ステラはちょろいなぁ」
朗らかに笑いながら、エリウユはステラナジカから手を離す。
ハルアキラが知能の低い生物を見る時の目でステラナジカを眺めていたが、コート越しのエリウユのぬくもりの方が勝っていたのでよしとする。
「さて、いよいよ帰る方法が乏しくなってきたのぅ。そう言うときは、酒場じゃな」
「師匠、そろそろ夕方になるけれど、まさかお酒で気を紛らわせようなんて考えじゃ……」
エリウユが厳しい目つきでハルアキラを睨む。
「ちゃうわ。情報収集の基本は酒場と、古くから決まっとるんじゃ」
そんなことを言って、ハルアキラは悠然と歩きだす。
ステラナジカとエリウユも、はぐれないように彼を追う。
「酒場ねぇ……」
「なんじゃ、異論があるのんか?」
不満そうに呟いたエリウユを、ハルアキラは一瞥する。
「ここに突っ立っておっても時間が過ぎるだけじゃろ」
「僕もハルアキラに賛成。どうせなら、お酒とか飲みたいし」
珍しくハルアキラに同意したステラナジカだった。
エリウユは、呑気な男二人を呆れた顔で交互に見てため息を吐く。が、それ以上は何も言わなかった。