連天吼

詐欺師たちの哄笑

 どれほど眠っていたのだろうか。

 男の笑い声でステラナジカは目が覚めた。

 辺りを見渡してみると、隣に座っていたはずのエリウユの姿もハルアキラの姿もなかった。トイレに立ったのか、はたまた情報とやらを集めに行ったのか――少なくとも、店内の目の届くところに二人の姿はない。

 入れ替わりに、カウンターの隣の席に座っているのは若い男たちだった。どこで手に入れたのか、大粒の宝石や年代物の酒、数百年は若返るといううたい文句の高級化粧品などをカウンターの上に広げ、惜しげもなく人目に晒している。


「今回の仕事は本当にちょろかったな」
「ああ、ちょっと電話口で指示するだけで、こんなに簡単だとはな」
「ははは、上級市民サマは溜め込みすぎだっての」


 酒が入ったせいなのか、男たちは大声で騒ぎ立てている。この店の雰囲気に吊り合う客ではないのは一目瞭然だった。バーテンダーも迷惑しているようで、グラスを磨きながらたまにちらちらと男たちの方を窺っていた。しかも、その男たちの会話の内容は、きな臭い。犯罪臭が漂っている。


(こいつら……詐欺師だ……)


 ステラナジカはぼうっとしたままの頭で考える。

 詐欺なんて、ニライカナイでは珍しいことではない。ステラナジカだって、詐欺まがいの行為をしたことがないとは決して言えない。――だが、ここはニライカナイではない。法のない、混沌とした都市ではない。教皇の治める、七都市大陸の中でも比較的治安のよい第一都市・極光皇国なのだ。

 放っておけばいいのに――ステラナジカは、場違いな男たちに腹が立った。

 それは、もしかすると酔っていたからなのかもしれない。


「おい」


 ステラナジカは、あえて低めの声でぶっきらぼうに声をかけた。

 男たちが何事かとこちらを見る。


「――悪いこと、しちゃ駄目なんだぞ」


 頭が良さそうに聞こえることを言ってやろうとしばし考えるが、結局語彙力の低さによってそんな台詞しか出てこない。これでは、まるで子供を叱っているようだ。

 男たちはステラナジカを頭の先からつま先までじろじろと、品定めをするように観察する。そして、その後にやにやとした笑みを浮かべた。


「悪いこと? なんだぁ、それ?」


 リーダー格の男が、嘲笑う。それにつられて、他の二人の男もげらげら笑った。下品な哄笑に晒されて、ステラナジカは、自分が冷静になっていくのを感じていた。今なら、一人でも男三人を相手にできる気がしていた。


「お嬢ちゃんの相手をしてる暇は、俺らにはないんだがなぁ。今夜、ネリヤカナヤ急行でニライカナイに行くんだぜ、俺たち」


 そう言って、ご丁寧にも男たちはチケットを見せびらかす。

 ステラナジカを女だと思っている点は、この際、無視することにした。そこを訂正すると、男たちに単純に暴力でねじ伏せられてしまうかもしれない。ステラナジカを女だと思っていることを、逆に利用すればいいのだ。


「あ、僕――ええと、わたしも行きたい」
「あぁ?」


 リーダー格の男はステラナジカの顔をまじまじと見て考え込んでから答える。


「……まぁ、俺らも男所帯だしな、いい子にするなら連れてってやってもいいぜ? お嬢ちゃんみたく小柄で華奢なら、トランクの中とかに押し込んででも、バレないだろ」
「うわ、お前、子供もイけるのかよ」
「うひゃー、お嬢ちゃん、言っとくけどこいつ、変態だぞぉ」


 げらげらと大声で笑う男たち。

 ステラナジカはそこではっきりと告げる。


「うん、じゃあ、賭けよう」
「は? 賭け――?」


 男三人は、ぽかんと口を開ける。声を上げて笑ってしまいそうになるほど滑稽な光景だったが、ステラナジカは耐えた。


「あなたたちのチケット三枚を賭けてコインで勝負しよう。わたしが負けたら、わたしは好きにしていい。内臓売られても、人買いに売りさばかれても、あなたたちに身体を好きに弄ばれてもかまわないから」


 男たちは押し黙る。

 ステラナジカはコートのポケットから取り出したコインを指ではじく。


「あなたはコインが表か裏か当てるだけでいい。どう、簡単でしょ?」
「……ああ、そうだな」


 答える男の視線は、ステラナジカの左手の薬指にはめられた指輪に注がれている。カウンターに広げた宝石のどれよりも高価そうな、指輪。何カラットルなのか全く予想の付かないほど、大粒の宝石。台座は金でできている。賭けで確実にこの宝石と美少女――実際は美少年であるが――を手に入れるにはどうすればいいかを、男たちは考えているのだろう。

「わかった、俺たちがもしも負けたら、チケットをやるよ。一人分でいいだろ?」
「いや、三人分、全部もらう」
「は⁉」


 男の一人が苛ついた声を出す。


「ぼ――わたしは全部賭けるのに、一枚だなんておかしい。それとも、たかが小娘に挑まれた勝負から逃げるほど、あなたたちは腰抜けなの? 偉そうにしてるだけで、その実、頭の中はからっぽなの? どうしようもないくらいのクズなの?」
「この、クソ女……!」
「待て」


 リーダー格の男が、立ち上がりかけた仲間を手で制す。

 ステラナジカを見るリーダー男の目が、明らかに変わった。


「ガキかと思ったら意外といい女じゃねぇか。いいぜ、お互い全部賭けての勝負。乗った」


 目を見開き、舌なめずりをして獲物を見るかのように凝視する。


(――かかった!)


 心の中でガッツポーズをするステラナジカ。

 あとは、コインでの勝負をするだけでいい。

 そうすれば――。

何か策がありげなステラくんです。